氏家養護園 園長 大谷 順一

私は「児童養護施設で働いてみたい!」との想いで福祉の大学に進学しました。卒業論文も ~少年の非行問題と社会的背景について~ といった内容で書いた記憶があります。

卒業時には県内の児童養護施設で求人がなく、特別養護老人ホームに介護職(当時は男性職員はほとんどいなく、力もいる仕事なので割りと重宝されましたが・・・)として就職しました。

2年ほど経過した時に、養徳園で求人が出されていたため応募し、採用していただくこととなりました。

「念願が叶って、子どもに関する仕事に携わることが出来る!」と希望にあふれ「家庭環境に恵まれない子どもたちの兄貴的存在になれれば!」との思いで勤務させていただきました。

担当した児童の一人が、当時ではまだ数少ない虐待による入所であったため(現在は虐待による入所が6~7割とのデータもありますが)、「何としてもこの子の兄貴的存在になってあげられれば。」というような想い(今思えばただの自惚れです)で子どもと関わっていたつもりでした。

しかし、なかなかその想いは子どもには伝わりませんでした。

父親が1~2ヶ月に1回面会に来る際には、その子も学校から真っ直ぐに帰ってきて、虐待していた父親であっても満面の笑みで面会を楽しんでいる様子を見るたびに、自分の無力さを痛切に感じると共に、やっぱり子どもにとっては離れていても実の親が必要なのだなぁと考えさせられ、「自分にはこの仕事は無理だ!」と挫折し、再び老人介護の分野に再就職しました。

当時知り合った児童養護施設職員の先輩とプライベートでお付き合いをさせていただいており、時々「今日、卒業生と飲みに行くんだ!」とか「今度卒業生と魚釣りに行くんだ!」などと聞かされるたびに、うらやましい思いでいっぱいでした。

自分も児童養護にちょっとだけ関わったけれど、卒業生を送り出した経験がなかったため、その先輩がうらやましく憧れておりました。

それから十数年がたったある日(私が30歳代の頃)、居酒屋で養徳園の福田総合施設長と偶然お会いし、私は生意気にも「養徳園ではまだ職員のことを先生と呼ばせているんけ?」と聞いてしまったのを今でも覚えております。

福田総合施設長は、そのことをさらに十数年間おぼえていてくださり、平成19年4月に当時さくら市で運営していた氏家養護園を民間移管する際に「今度、氏家養護園を社会福祉法人養徳園で運営するようになるのだが、園長としてやってみないか。」とお声掛けをいただき、現在に至っております。

 

自分が胸に秘めていた想い、しかしながら一度挫折をしているため、自分からはもう一度再就職したいなどとは到底言えないでいる気持ちを見透かされたようでした。

とにかく私は卒園生を送り出して、大人としてのつきあい(親父の真似事)をさせていただきたいという自分勝手な想いで、今の仕事をやらせていただいているつもりです。

乳幼児はとっても可愛らしく、関わっていくことも楽しいでしょうが、人の記憶は徐々に薄れて行ってしまうものです。

児童養護施設は、将来大人になっても十分に関わっていけるチャンスがあります。大人として一緒に遊んだり、食事したりといった関わりを持たせてもらえる、やりがいのある仕事は他にはありません。

日々の子どもの成長、部活動や勉学での頑張っている姿、さらには社会に出て立派な大人へと成長していく姿を目の当たりにしながら、喜びで涙を流せるステキな仕事って他には絶対ないはずです。

また、子どもの見本となるべく姿を見せられるようにすることで、自分自身が磨かれ成長していくことのできる仕事って他には絶対にありません。

このように児童養護の仕事は他にはないほど、かけがえのないものだと確信いたしております。

求人・実習・ボランティア応募はこちらから

求人採用・実習 / エントリー